横浜家庭裁判所 昭和38年(少イ)6号 判決 1963年12月12日
被告人 水沼益二
主文
被告人は無罪
理由
本件公訴事実は、被告人は児童に淫行させて写真に撮影し、これを販売して利益を得ようと企て、昭和三八年三月下旬頃の午後一一時過頃満一八才にみたない○田○子(昭和二三年七月一一日生)を横浜市港区○○町××番地旅館「○月」こと○間○子方「ぼたん」の間に連れこんだうえ、シー坊と称する氏名不詳の男と種々の姿態で性交させ、もつて児童に淫行させたものである、というのである。
検審官提出の各証拠を総合すると、被告人は、昭和三八年四月一二日頃の午後一一時過頃○田○子(昭和二三年七月一一日生)を横浜市港区○○町××番地旅館「○月」こと○間○子方「ぼたん」の間に連れ込み、写真撮影するため、同女をシー坊と称する氏名不詳の男と種々の姿態で性交させ、もつて児童である同女に淫行させたものであることを認めるに充分である。
ところが、被告人は、当公廷で○田を一八、九才に見ていた旨供述し、検察官に対しても同様に供述し(被告人の検察官に対する供述調書)て、同女が一八才未満であることを知らなかつた旨供述するのに対し、司法警察員に対しては、同女をば「年のころ一五、六才位で、どう多く見ても一七、八才位にしか見えない女の子……」と述べ(被告人の司法警察員に対する昭和三八年六月一八日付供述調書)、異つた供述をしているので以下、後者の供述が前者の供述より信用できるか否かを検討して見る。
(一) 被告人の当公廷での供述および搜査官に対する前掲各供述調書ならびに証人○田○子の尋問調書によれば、被告人と○田は、本件時の約一ヵ月前に知り合つたものであるが、それ以来本件時まで両者が話し合つたのは、せいぜい三、四回程度にすぎないうえ、その内容も主として被告人の同女に対する本件淫行々為の勧誘或いはその打合せであつたこと、そしてその間特に氏名、年齢、身分等の個人的事項が話題にのぼつた形跡は全くないことが認められる。従つて、被告人の前記年齢に関する供述は、もつぱら同女の容貌、服装、身体の発育状況等から判断したものといい得るのであるが、本件淫行々為の撮影にあたつた橋本照雄は、搜査官に対し「二〇才位に見える女の子が後の席に坐つておりました」「見たところ、髪の毛をボサボサにしており、何となく普通の女ではないというような感じを受けました……」旨供述し(同人の司法警察員に対する供述調書)、同人は、同女をその容貌、髪形等から判断して、二〇才位に見た旨供述しており、又、同女が本件当時勤めていたバーエミーのバーテン鈴木信は、搜査官に対し「……本人は一八才であるとの事でした。顔を見てもそのように見えたので……」と供述し(同人の司法警察員に対する供述調書)、同人も又、同女の容貌、身体の発育状況から判断して、一八才であるとの同女の言を信用したことが認められるのであつて、被告人もこれら橋本、鈴木と同様、同女を一八、九才と判断していたとしても充分首肯できること、
(二) 川崎警察署において、被告人の取調べにあたつた証人二瓶賢之介の当公廷での供述によると、二瓶は被告人に対し、被告人が○田の年齢に関する供述をする前に、同女は未だ中学生である旨話をしたこと、これに対し被告人は、どう見ても中学生には見えない旨述べ、しかる後一五、六才か、どう多く見ても一七、八才だとの供述をしたことが認められる。この事実よりすると、被告人の二瓶に対する同女の年齢に関する供述(司法警察員に対する前記年齢に関する供述)は、多分に同女が中学生である旨教えられたことに影響されたための供述ではないかと疑い得ること。
以上、(一)、(二)をあわせ考えると、被告人の○田の年齢に関する前記供述中、当公廷におけるおよび検察官に対する供述より、司法警察員に対するそれが、たとい一層実際の年齢に近いことを考慮しても、なお信用できると認めることには、甚だちゆうちよせざるを得ないのである。
してみると、本件において、被告人が、○田が一八才未満であることを知つていたとの点に関する証拠は、司法警察員に対する前記供述以外にはないから、右の点を積極的に認めるに足りる証拠がないことに帰する。
そして、前記(一)に掲げる各証拠によると、○田は、本年二月頃家出し、川崎市内の映画街等を徘徊するうち、これ又同映画街等に出入りしていた被告人と顔を合わせ、やがて両者は、或る喫茶店で同席したことから話をし始め、その後三、四回の話合を通じての被告人の勧誘に応じて、同女がわいせつ写真のモデルになることを承諾したため、被告人は同女に金一五、〇〇〇円を与え、本件淫行々為をさせたものであるが、同女と被告人の間柄は以上の関係に尽き、それ以外には、なんらの関係がなかつたことが認められるから、被告人は、児童福祉法六〇条三項にいう「児童を使用する者」には該当しないというべきである。
してみると、被告人が、○田が一八才未満であることを知つていたことを認めるに足りる証拠がない以上、本件は、この点において無罪を免れないこととなるから、刑事訴訟法三三六条後段により主文のとおり判決する。
(裁判官 丹野益男)